アンドロイドラヴァー
アンドロイドラヴァー -第五話目-
土・日という休日があっという間に過ぎ去ってしまった。2日間という、学生にとっては唯一の休日・・・。
それが、あの2人によって丸潰しにされた。週に二回しかない休日・・・返せ。
「おい。早く起きろよ。今日が初登校なんだろ?」
「ん・・・まだ眠い・・から・・・また明日・・・・・」
「明日まで寝てるつもりかよ?そんなフザけた話があるかっ!」
バサッと勢い良く布団を剥がし取った。ブルブルと華奢な身体を震わせて、布団の温もりを探しながらもまた寝ようとしているコイツは、和夜の休日を丸潰しにした一人、奈帆だ。今日は奈帆の初登校日である。
だから早く起こしてやろうと思ったが・・・和夜の言うことなんて耳に入っていないようだ。
「う〜っ・・・寒いじゃんよ〜っ!布団返せ〜泥棒ぉ〜!」
「誰が泥棒だと?つーかさっさと起きろ!登校初日から遅刻したら笑いもんだぞ?」
・・・なぜこんなことを しないといけないのだろうか・・。
奈帆の世話係を任されてしまった和夜は、家事全般に面倒をみてやっている。
何でこんなことになったかを説明するのは・・・非常に面倒臭いことだ。
前までは平凡な生活を送ってた筈だった・・・が、この奈帆と…ある一人によって壊された。
これからの人生,全てを・・・。休日はもう過ぎたことだから許す・・・だが平凡な人生は本当に返して欲しい。
奈帆と朝っぱらから布団の取り合いなんかをしてしまった。
時間の無駄だと思っていた矢先・・・
「和夜、まだ終わらないのか?もう待ちくたびれたんだが・・・?」
「なっ・・・なんで居んだよッ・・・というより、いつから居たんだ!?」
奈帆と布団を取り合っていたという光景を,ドアに寄りかかりながら見ていたらしい、この人物は皐月野 海麻という奴だ。コイツ・・・ホントにいつから居たのだろうか・・・?
「お前が奈帆の部屋に入ったところからだが?」
「・・・最初から見たって言えよ・・・・。」
海麻が最初から居たということに全く気付かなかった。
自分の“存在という影”を消していたのだろうか?
人の気配なんてものは全く感じなかった。影が薄いってことは絶対に有り得ない。
「それにしても,お前はすごいな?女の部屋に平然と入り、布団を剥がしてイチャつくとは・・・。」
「誰もイチャついてねぇ!」
「どうだかな?」
最初から見ていたのだから、なぜこういうことになったのかということは分かっている筈だ。
つまり海麻は、和夜をからかっているのだ。
しかも信じられないことに、こんな海麻が和夜の家に住み込む破目になった。
自分の生活費は払うとは言っていたが・・・。
「ほら、奈帆。さっさと着替えて朝飯食えよ?」
「え?あ・・・うん。」
「?」
まだ寝惚けているようで返事が曖昧だったが、そんなことは気にせず時計を見た。
「・・・ってもうこんな時間かッ?ヤべ・・・もう行かねぇと!」
「っておい!奈帆の面倒は最後までー・・・」
「後は海麻に任せる!んじゃ、行って来ます!」
待て!と海麻に呼び止められたが、振り返ってる時間もないので無視した。
“朝ご飯はコレだから、ちゃんと食ってから登校しろ。”という置手紙を食卓のテーブルに置いてから飛び出して行った。もう朝ご飯は食い済みなので、時間通りに出ることが出来た。
奈帆と色々あったが、家を出る時間はピッタリだ。
和夜は、奈帆よりも早く学校に行かなければならないということになっている。
一緒に学校を登校していたら・・・怪しまれる可能性が高い。
たまになら良いのだろうが、毎日同じというのは・・・やはりマズイだろう・・・。
なので、なんとか時間をずらして登校しようということになった。
我ながら良い思いつきだなと感心してしまう自分が居たりする。
自我自賛・・・というやつだろうか?
「海麻が居るわけだし・・・奈帆は大丈夫だよな・・?」
海麻は、あぁ見えて意外と頼りになる奴だ。
今まで見てきた奴の倍はムカツクだろう。
やはり和夜よりも大人,という感じで、不気味なくらいの冷静さを持っている。
だが決して、憧れる大人という言葉は程遠い。
誰が見てもそうだろうと思われる。
不安要素はそれなりにあったが、そういう海麻を知っているからこそ,大丈夫だろうという安心感が生まれる。
そんな安心感というものに背中を押されて、和夜は一度も振り返ることをせずに学校まで走り続けて行った・・・。
***
もうすぐで本鈴が鳴るという時刻。奈帆は一体何をしているんだ?と、だんだん不安感が出てきた。
海麻に任せれば大丈夫だという考えは甘かっただろうか?
初日から遅刻というのは、かなり目立つだろう。
和夜は、時計と教室のドアを交互に見て、いつ来るのかとソワソワしていた。
そんなとき、窓際の奴らから歓声が上がった。
「おっ?なんか見知らぬ可愛い子が走ってんぞぉ!」
「え?誰々?もしや・・・転校生っ?」
一人が騒げば周りも騒ぎ始める。その言葉通りに次々と人から人へ、転校生の話でいっぱいになった。
転校生という言葉を聞いた和夜は、もしかしたら・・・?
という可能性を信じて窓際に駆け寄った。
窓際に人が集まり過ぎて、なかなか見えるスペースが無かったが、人と人の僅かな隙間から覗き見た。
もしかしたらというのは予想通りだった。
昇降口をやっと見つけて校舎内に入っていく奈帆の姿がスッと見えた。
どうやら本鈴が鳴る前に登校できたみたいだ。・・・とは言ってもギリギリだ。もう少し早く出るように言うべきだったと後悔した。
奈帆の姿を確認して、ホッと胸を撫で下ろして席に座った。
こういうのを、第一関門を突破したというのだろうか・・?
最初にしてはよく出来た方だろう。
「今日も早いんだね〜?この調子で遅刻ゼロが続くと良いけど・・・。」
「ん?あぁ・・貝塚か・・・。まぁ、そろそろ遅刻しないで来るのも良いかなぁー・・・と。」
奈帆と一緒に登校するのはマズイから、俺が早く家を出ている。
・・・とは言えない。そんなことを言ったら・・・どうなるか。
貝塚は、意外にこういう話はうるさい。というより敏感なのかもしれない。地獄耳とも言えるが。
貝塚と適当に会話を交わしている内に本鈴が鳴った。
また後で・・・と言い残して貝塚も自分の席に座った。
それから暫くして、先生と奈帆が並んで歩いてきた。
男子たちは先生・・・ではなく、奈帆の方に目線が行っていた。
睨みつけているわけではない。それは、男子たち全員の目を見ればわかる。
よく少女マンガで出てきそうな、あのキラキラした目。まさにアレだ。
見惚れているとも言えるだろう。まさかこんなになるとは思わなかった。
「こちら、篠宮 奈帆さんです。皆さん,仲良くしてあげて下さいね?」
「初めまして、篠宮 奈帆です。初めてなので、色々と失礼なことをしてしまうかもしれませんが、宜しくお願いします。」
何とも行儀良い言葉遣い。きちんと一礼も忘れずにしている。
この姿だけを見ると、秀才・清潔感・純粋という言葉が出て来そうな感じだ。
もちろん男子達は大盛り上がり。口笛をヒューヒューと鳴らす奴も居れば、
後で手が痛くなるんじゃないかというくらい,大きな音を出して拍手している奴も居る。
どうやら奈帆は人気があるらしい。・・・だがそれは現時点であり、この先はどうなることやら。
奈帆の席は、今まで誰も座っていなかった一番後ろの席になった。
言うまでも無いが、その日の休み時間・放課後は、ずっと質問攻めにあってしまった奈帆だった・・。
「あ〜ッ!疲れたよぉぉ〜〜〜〜・・・。」
さっきから、疲れた,お腹減ったという言葉しか出てきていない奈帆。その隣に歩いているのは和夜だった。
今夜の夕食の材料を買いに、商店街まで来ていた2人。学校の人たちの目を気にしつつ買い物をしていた。
もしこんな所で見つかったりしてしまった日には・・・どう説明すれば良いのかわからない。
「やっぱり一人で来るべきだったな・・。」
「何か今言ったでしょぅ?何〜?」
「・・・はぁ・・・・・・・。」
ボソッと掠れるような声で言ったつもりだったが、何かしら聞こえていたようだ。
地獄耳の持ち主は、いつも思うが恐ろしい・・。ろくに独り言を呟けない。
・・本当は一人で買い物に来たかったのだが、海麻が“奈帆も連れて行け”と言うから連れてきてしまった。
買い物も勉強の内になるんだと言っていたが・・・腹が減ったという所は人間そのもの。
もう何も勉強することはないと思うのは気のせいだろうか。
はぁ・・・と溜息だけが漏れて、愚痴を言うのも億劫になる程お腹が減ってしまった。
「今日の献立は何なの〜?」
「今日はー・・・カレーに・・・・・・」
「いやッ!そんなお決まりな食事なんて!」
確かに、こういう時に出てくるのは・・大体がカレーだ。
やはり一番作るのが簡単という理由から、そうなってしまうのだろうが・・
お決まりと言われてしまうと、もう少し凝った料理にしたくなる。
「じゃぁ・・・今日はシチューで。」
「えぇ〜?あんまり変わってないじゃんよ〜?」
「・・文句言うなら食うな。」
その一言で、さっきまでワガママを言っていた奈帆の口が静かになった。
もう空腹にも限界が近いことを表している。それは和夜も同じだったので、さっさと買い物を済ませる。
「玉ねぎにー・・・人参ー・・ジャガイモー・・・・」
シチューに入れる材料を口にしながら、八百屋さんで野菜を購入。
次はシチューのルーを買おうとした時、奈帆が他の何かに見入っているのに気がついた。
「?どうしたんだ?」
「・・・あの女の子の食べてるヤツ・・・・美味しそう・・・」
奈帆が見入っている方へ目を向けると、そこには摩訶不思議な女の子が居た。
両手に大きなスルメを持ち、豪快に,且つ美味しそうに頬張っている姿は・・・今の和夜たちには羨ましい光景だった。
「食ぁ〜べぇ〜たぁ〜いぃ〜〜〜〜」
「・・・あれは幻覚だ・・。蜃気楼だ・・・惑わされてはいけない・・・。」
奈帆は情けない声を漏らし、和夜は・・もはや意味のわからないことを言っている。
幻覚なんだという言葉を、呪文を唱えるかのように自分に言い聞かせつつ,奈帆をズルズルと引きずりながらもその場を去った。
スルメ少女の事が妙に気になった和夜だが、その日はシチューを食べるのに必死で忘れてしまった・・・。
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