アンドロイドラヴァー

アンドロイドラヴァー 第四章『人と人との価値観の違い』 偏見と軽蔑と拒絶する気持ち -第十二話目-

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夏希が、最上階から1階へと落下してしまってから翌日。
奈帆は全員から拒絶されていた。
今までの人気は,一体どこへ消えたのだろうかと疑いたくなるような、そんな雰囲気が漂う。
先生たちですら気味悪がって避けている程である。
こんなに教師を酷い者だと思ったことはない。
奈帆は、和夜や静香、萱と共に、前のように毎朝一緒に登校したり,行動を共にするようになった。
奈帆はいつもいつも、こんな私と一緒に居てくれて有難う・・・という言葉が口癖になっていた。
周りの人々から向けられる冷めた視線と、ボソボソと小さな声で噂話を話し合うというその行為・・。
それは、奈帆をノイローゼ気味にさせていた。
「・・・おや?神野 奈帆さんじゃありませんか。一体どうなさったのですか?」
和夜たちの目の前に現れたのは、生徒会長“あまかせ しょう”だった。
生徒会長は、奈帆に言葉をかけたが・・・奈帆は無言で顔を向けただけだった。
「えー・・と、生徒会長。俺らに何か用でもあるのか?」
「貴様!生徒会長に無礼だぞ!身をわきまえたらどう・・・」
「構わない。・・・君は、高野 和夜くんだね?」
「・・そうだけど・・・?」
生徒会長の背後に居た副会長が、和夜に向かって一喝したが、
それを糸も容易く止めてしまった生徒会長。
いくら生徒会長とは言っても、これほど差別する必要があるのか・・?
そう思ってしまうくらいの重警備。
副会長は、社長に就く秘書のようにも見える。
生徒会長は、和夜に一瞬だけ目線を向けたが・・
「すまないが、今話しているのは神野さんであって君ではない。少し黙っていて下さい。」
「っ・・・!」
どうやら生徒会長から見れば、和夜など眼中に無い・・ということらしい。
圧倒的なことを言われてしまった和夜は、ただただ黙って2人の会話を聞くことしか出来なかった。
「神野さん。君がアンドロイドというのは本当だったんですね。」
「な・・・っ」
にっこりと優しそうな表情をする生徒会長だが、今,奈帆が最も耳にしたくないという内容を聞いてくる。
周りの人々は、生徒会長の背中を支えるかの如く,奈帆の話をざわざわと し始める。
「そうよ・・彼氏が可哀相だわ。あんな子に遊ばれちゃうなんて・・。」
見知らぬ人に そんなことを言われて、奈帆は腹立たしいという思いを覚える。
「・・・アンドロイドって分かった瞬間 別れるなんて・・・最低。」
ボソッと小声で言った奈帆の言葉は、周りの人々をシーンと黙らせた。
そこに、女子の群れから一人,顔も名前も知らない女が前に出てきた。
「誰だって、人間じゃないモノと一緒に居たくないわよッ!物が彼女なんて・・・キモイじゃない?別れて当然だわ。」
ズキッと心に突き刺さるような言葉が奈帆を襲う。
こんな見知らぬ人に・・・ここまで言われるなんて・・・・。
そう思いながらも、言い返す言葉が喉に突っかかって出てこない。
「あ。そうそう・・。アンタの元彼、勉は私の彼氏になったから。」
アンタと私じゃ、私の方が良いに決まってる!
と、甲高い笑い声が、奈帆を奈落の底へと落として行く。
「そんな・・・差別するような言い方は良くないよ!」
「っ・・なんで相場がそこに出てくんのよ!無関係者は首を突っ込まないでくれないかしら?」
「無関係者じゃないけどな?俺らは友達なんだし。・・・だろ?」
「そうだよ・・。私たち、奈帆の友達だからね?」
奈落の底から手を差し伸ばして来てくれたのは、ずっと傍に居てくれた,萱と和夜と静香だった。
奈帆は、少しだけ光を見た気がして、立ち直ることが出来た。
「なんてオメデタイ人たちなのかしら・・。馬鹿じゃないの?」
キッと その女子を睨みつける和夜たち。
だが、その女子はそんな視線なんて気にしていなかった。
「人間は人間と。アンドロイドはアンドロイドと。それが一般的に許された,恋愛をする権利よっ!」
断言する女子の言葉は、周りの人々を深く頷かせた。
確かに、それが正しいと口々にする人々は、さっきよりも奈帆のことをキツイ目で見据えた。
「確かに、人の心を弄ぶという行為はいけません。ですが、一方的にその人を攻めるのは恥じるべき行為。口を慎みなさい。」
「あ・・・っあまかせ様がそういうのであれば・・・。これからは、気を付けますわ。」
奈帆に厳しかった女子は、生徒会長の言葉には すんなりと従った。
雨叶カ徒会長・・・あの人は一体、どちらを支えていたのだろうか?
あくまで中立の立場というものを保ったつもりなのだろうか?
心が読めない、不思議に満ち溢れている生徒会長。
何者なんだ?と一度聞いてみたいものだ。
「では諸君。御機嫌よう・・。」
気品高く、神々しい姿。周りの人々は頭を深く下げ、生徒会長に敬意を示す。
和夜は、なぜそんなことをしなければならないのか。
この学校に入学してから、ずっと思っていたことだ。
萱と静香も、それに納得している。なぜ・・?という疑問を持ち、
意味も分からず 人に頭を下げるなど出来ないと,意見が一致していた。
和夜に、にっこりと微笑みかける生徒会長は、何か企んでいるような,そんな含んだ笑みを向けて去って行った。
その後に続く副会長は、厳しい面持ちで和夜たちを睨みつけていた。
この日を境に、奈帆は和夜たち以外とは話さなくなってしまった・・・・・・・・・・。




空が薄暗く闇に染まる。秋の夜長は釣瓶つるべ落とし,という言葉があるが、まさにそういう季節。
今先ほど,夕日が西へと沈んだばかりだというにも関わらず、外は電灯が眩く光りだした。
今夜も和夜が、海麻と奈帆と自分の三人分の夕食を作っていた。
台所では、エプロンを身に着けた和夜が忙しそうに用意し、それの手伝いを渋々手伝っている海麻。
奈帆は・・・ただ呆然と眺めているだけで、何もしていなかった。
それは、奈帆が家事というもの全般に出来ないからである。
それは前に思い知らされたことだ。
テーブルに、綺麗に整えられた食事とグラス。
三人揃ったところで食事を始める。
奈帆が落ち込んでいる所為か、雰囲気はズンと重い。
無言という沈黙は、唐突な海麻の言葉で打ち消された。
「夏希、あと数週間で治るからな。」
「・・・・・・・・・・・・えっ?」
和夜と奈帆、二人は同時に,驚愕した表情と言葉を発した。
お茶碗を落としそうになりながらも、海麻の顔を凝視する。
海麻は何事もなかったかのように,平然とした表情で夕飯を食べている。
「あんなにバラバラになっても・・・治せたんだな・・・。」
「数週間・・・長い時間がかかってしまうがな。」
心底安心した和夜は、今になってやっと胸を撫で下ろすことが出来たという感じだった。
奈帆は、涙目になりながらも微笑んだ。
夏希が壊れてしまったあの日から、初めて微笑んだのだ。
良かった・・本当に良かった・・・。
そう思う奈帆は、目尻から大粒の涙が零れ落ちる。
「?どうしたんだ??なぜ泣いてる?」
海麻は奈帆が泣いていることに驚き,目を見開いていた。
一体何が起きたんだ?と、自分は全く関係していないと思い込んでいる海麻。
海麻の言葉で涙したということを本人に言ったら、もっと驚くだろう。
「奈帆は、夏希が生きていたことを嬉しく思ってるんだ。」
「・・・とは言っても、俺一人で治すわけじゃない。アイツが協力して初めて完治することが出来る。」
「アイツ・・?」
海麻が言う“アイツ”とは・・・奈帆や夏希を含めた高性能型アンドロイド発明者“鳥羽とば 玲司れいじ”だという。
前に海麻は、自分はアンドロイド専門の医者であって,発明者ではないと言っていた。
和夜はこの時、そういうことだったのかと理解した。
「感情を持つアンドロイド、つまり高性能型アンドロイドの創作案を出したのは玲司だ。」
「ってことは・・・世界初だったりするのか・・?」
そういうことだ,と軽々と答える海麻は、和夜の驚愕した表情を見て笑っていた。
高性能型アンドロイド。
疑問に思う謎が無限にあって、摩訶不思議としか言い表せないようなものだった。
だが、今このようにして話を聞いている内に、奈帆や夏希は・・・
人間とほとんど変わらないということを改めて感じた。
「また夏希と学校へ通えるようになるわけだ。その時は頼むぞ・・?」
「ダメッ!夏希は行かせちゃダメ!絶対にダメッ!」
海麻の言った“また夏希と学校へ通えるようになる”
という言葉にビクッと反応した奈帆は、急に声を張り上げて叫んだ。
その大きな声に驚く和夜と海麻は、奈帆を見つめた。
「・・奈帆?夏希と一緒に、また学校へ通えるのは・・嬉しくないのか?」
「嬉しい・・嬉しいよ・・・けどッ・・・。」
グッと喉に言葉が詰まってしまった奈帆は、嬉しさと哀しさの感情が混合していた。
それは、苦しそうに歪む表情からハッキリと分かる。
「けど・・なんだ?何かあったのか?」
淡々と質問してくる海麻の言葉は、今の奈帆にとっては鋭い刃のようだった。
奈帆は、海麻に学校の状況を話した。
学校の皆が、奈帆や夏希というアンドロイドに偏見を持ち、拒絶し、軽蔑しているということを・・・。
「・・・夏希に、私と同じ思いをして欲しくないの・・。こんな思いになるのは・・・私で十分なの・・。」
切な気に、ゆっくりと。
奈帆の発する言葉に鉛が乗せられているかの如く、一言一言に重みを感じる。
それほど苦しく悲しい思いをしてきたということが、初めて耳にする海麻にも伝わった。
「やはり、そういう人間が多いのか・・・。」
溜息を漏らしながらも、フッと呟く海麻。
「??やはりってどういうことだ?」
「アンドロイド・・・これは、俺らを含めた現代の人間たちに・・とても役立つんだがな・・。」
「・・・?」
海麻は、和夜の質問が聞こえなかったのか、ボソボソと独り言のようなものを口にしていた。
妙に意味深なその言葉、和夜は一体何のことを言っているのか分からなかったが、気になって気になって仕方が無かった・・・。





海麻が“夏希は数週間後より学校に復帰する”と言ってから3週間という日が経った。
奈帆に向けられる周りの人々の視線は、拒絶と軽蔑を含んだ目付きで睨んでくる。
3週間も経ったというにも関わらず、前と変わらないほど冷たく厳しい視線。
だが、奈帆はあまり気にしていなかった。
全く気にしていないと言ったら、それは嘘になるが。
和夜たちが居る限り、それほど苦に思うことはないと心に言い聞かせている奈帆は、前よりも気分的に楽だった。
3週間。長いようで短いという日数は、周りの視線を見ると、本当に時は進んでいるのだろうか?と思えてくる。
前と変わらない瞳。これは、3週間前とは全く変わらない。
だが、3週間という日数が経ったということを、あの彼女が教えてくれた。
あの彼女というのは、3週間前,奈帆に酷く厳しいことを言い放ち、奈帆の元彼氏である勉と彼氏彼女という関係になった、あの女子のことである。
その彼女が、勉のクラスの教室前で大泣きしていた。
勉のクラスは、和夜たち“3年A組”の手前にある教室・・“3年B組”である。
なので、教室に入るには その大泣きしている現場を通っていかなくてはならない。
奈帆は、気マズイ雰囲気だと思いつつ、何事も無かったかのように素通りしようとした、が。
「・・わざわざッ・・っ嘲笑いに・・来たのっ・・・・?」
彼女は、奈帆の存在を見過ごすようなことは一切しなかった。
床にヘタリと座り込んでしまっていながらも、涙をボロボロと零しながら上目遣いで睨み上げている。
「嘲笑いにって・・・何かあったの・・?」
「っ・・知ってるんでしょッ?そんなこと・・私に言わせないでよッ・・・!」
泣き続ける彼女は、周りの人たちに 大丈夫だから・・と、慰めの言葉をかけられていた。
一体何があったのか、本当に分からない奈帆は、どう声をかければ良いのか分からなかった。
「・・・大丈夫?・・何があっても泣かないで・・?」
「っ・・うるさいッ!感情の無い奴に、何が分かんのよッ!そんな奴に心配されたくないぃぃぃッ・・!」
心から心配していた奈帆は、その言葉を聞いてフッと冷静になる。
何でこんな人に慰めの言葉なんてかけているのだろうか?馬鹿馬鹿しい・・・。
そう 頭の中で呟く。それから間髪入れずに立ち去り、和夜たちと共に自分の教室へ入っていった。
コソコソと話す周りの人達からによると、彼女は勉にフラれてしまったらしい。
3週間前、彼女は勉と彼氏彼女となったが、今現在はもう既に決裂状態。
この話を聞くと、3週間,着々と時が進んでいたのだな と初めて感じることが出来た・・・・・・・・。

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