アンドロイドラヴァー

アンドロイドラヴァー -第十話目-

モドル | ススム | モクジ
さすがに男子をトイレに誘うのはマズイことだっただろうか・・?
今更ながらに、恥ずかしさと後悔さが同時に表情へ出てしまう。
貝塚は、一体どういう顔で出て行けば良いのか分からず、トイレで悶々となっていた。
だが、そうこうしている内に無駄な時間は過ぎ去っていく。
外で萱が待っているかもしれない・・。
そう思った途端、誘った本人が遅れるのは失礼だと思い直し、急いで手を洗って出て行った。
そこには、もう既に萱の姿があった。
つまり、誘った本人が普通に遅れてしまったのである。
「ごめん!誘った私の方が遅くなっちゃって・・・。」
「・・?そんな謝ることじゃないと思うよ・・・?」
「??」
だって・・と言葉を繋げる萱は、何か企んでいるかのような含みのある言葉を発した。
「だって、女の子は男よりも遅いのが当たり前なんでしょう?」
「え・・?そう・・・なの・・?」
萱が一体何を言いたいのか分からず、思わず聞き返してしまった。
それは当然だと断言する萱が、何とも不思議な人だと思ってしまったのは・・・貝塚だけだろうか?
教室に戻ろうと廊下を歩いていた貝塚と萱は、前方にボーッと佇んでいる夏希を発見した。
「夏希ちゃん!そんな所に突っ立って・・どうかしたの?」
「ん・・別に何でもないけど?」
「・・・・・・・・・・・。」
外の風景を見るのが好きなんだと語る夏希に、貝塚は納得した。
窓の外を眺めていたのねと、妙に話は盛り上がる。
「ねぇ萱?確かー・・・小学生の頃かな?和夜と私と萱の3人で、大海原と呼ばれている所で星空を見たよね〜?あれも風景を眺めてたってことになるのかな?もしなるんだったら、私も風景を眺めるのは多いな〜。」
「懐かしいこと言うなぁ・・。でも多分、風景を眺めてたってことには・・・ならないと思うよ?それ。」
え、そうなの?と、なぜか知らないが・・とてもショックを受けているようだ。
「静香ちゃんのは風景を眺めるとは言わないとして・・・萱は好き?こういう風景を眺めること。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
貝塚と話していた時とは一変した。
急に声が出なくなってしまったのでは・・?
と思ってしまうほど、スッと口を閉じ、もう開くことはないだろうという感じだ。
そして・・表情も暗くなってしまった気がする・・。
夏希は、何か悪いことを言ってしまったのかと思っていた刹那、萱は消えるような声で口を開いた。
「静・・・教室に戻ろう・・。もう少しで予鈴が鳴るし・・・。」
「えっ?ちょっと・・萱・・・・!」
肩にドンッとぶつかったにも関わらず、挨拶無しに,夏希の目の前を普通に通り過ぎて行く萱。
まるで、夏希の存在が無いかのように・・・・・。
「ッ・・??」
「ごめんね、夏希ちゃん!萱・・きっと悪気は無いと思うからっ!じゃ、また後でね!」
待ってよ〜と、萱を呼び止めた静香は、萱と普通に会話している。
「・・悪気は無い・・・本当に?」
故意に当たって来たように感じたのは気のせいだろうか?
思わず当たってしまったにしては、少し痛みが強い気がする・・。
夏希は、ぶつかった左肩を右手で摩りながら、萱の様子を後ろから見つめていた。
表情は変わらず暗い。
だが、静香と話す時の方が言葉数は断然多いだろう。
確かに、夏希との友情は浅い。
その点に関しては、静香とは比べものにならないのは目に見えている。
一週間前の出来事がショックなのは分かる。
だからと言って、こんなにも拒絶される覚えはない・・。
静香と夏希、態度から見て随分と差がある。
萱の心の中で渦巻く、何かがあるのだろうか・・・?
その何かというのは見当もつかないが、絶対に何かある・・。
そう思った夏希は、放課後,萱が居ないところで和夜に聞いてみようということにし、予鈴と共に教室へ入っていった・・・。






現在の時間は16時10分。“放課後”という時間とも言える。
HRが終わり、早速和夜に尋ねようと夏希は席を立った。
萱の様子がおかしいということ・・・もしかしたら和夜も知っているかもしれない・・。
そんなことも思いながら、和夜のところへと歩みを進めた。
「高野くん・・・ちょっと良い?」
「・・俺?あぁ、別に構わないけど・・?」
夏希は、首を傾げて不思議そうな顔をする和夜を連れて廊下へと出て行った。
先ほどまで和夜と話していたのか、近くに居た静香に、少しの間だけ貸してねと耳元で囁いた。
静香は頬を赤く染めて、別に貸すとか貸さないとか・・そんなんじゃないって!と大声で怒鳴っていた。
夏希は、にっこりと柔らかく微笑み、何も気にしないというような顔で出て行った。
教室に残された静香は、頬をプクッと膨らませており、
教室内に居た男子はガックリと首を落としていたり泣いている者も居た。
和夜が・・・抜け駆けしているぅぅぅ・・・と、情けない男子の声が教室内に響いていた。



「・・で。ここまで来て、教室内では話せないような用があるのか?」
「鋭いね。・・まぁ、教室内というより、ある人物の前では話せない用があるって感じ。」
「ふーん・・。よくわかんねぇけど、早くしろよ・・?ここ、寒いんだからさ・・。」
教室を出て、わざわざ寒い,屋上へ行く階段の踊り場へとやってきた。
ここの校舎は、1階・2階・3階・4階・屋上という、結構高い校舎である。
それもこの学校,吹き抜け式の造りになっているので、4階から1階の様子が窺えるのだ。
そのため、1階にある昇降口・・つまり外の空気がスーッと入り込んでくる。
冬の廊下は極寒地獄。そう言っても過言ではないだろう。
「じゃぁ・・簡潔に話すからよく聞いて。・・・この頃、萱の様子がおかしいとは思わない?」
「萱?・・・どんな風におかしいんだ?」
「何か・・話す態度が違うとか・・・・。」
少しの間、沈黙が続いた。
萱の様子がおかしければ、いつも何か気付くはずだと考えている和夜は、無言で,ただただ記憶を辿っていた。
普段と変わった様子・・・それは、思いつくには思いつくが、
それは一週間前の事がショックなだけだろうと、あまり気にしていなかったが・・・。
その沈黙の間を打ち破ったのは・・和夜だった。
「・・確かに、普段と違う所はある。でもそれは一週間前の事が気にかかっている所為だろうし・・。」
「でも、それにしては随分と・・・拒絶された気がする・・。」
「?拒絶??何がだ?」
夏希は、昼休みに静香と萱で話したあの時のことを和夜に話した。
その時の萱の様子を・・・出来るだけ具体的に、わかりやすく・・。
「そうか・・・。夏希とは一言も話さず、静香とは普通に話す・・・。それはおかしいな。」
「思い当たるところがあったの?」
「あぁ。萱は、誰とでも話す奴だ。決してどんなことがあっても・・・。」
人を拒絶することは無い、と断言する和夜にまたしても沈黙の間が訪れた。
だが、その沈黙の間は,夏希が一瞬で打ち破った。
「・・高野くん。とても頼み難いことなんだけど、頼んでも良い?」
「・・・内容による。出来れば引き受けるし、出来なければ一切引き受けない。」
夏希は、和夜に頼み難いという頼みごとを打ち明けた。
それは、萱本人に本心を聞いてくれ。とのこと。
確かに、萱が本当に神野を拒絶しているというのなら・・・神野本人とは話したくはないだろう。
それなら出来そうだと思い、引き受けた。
「有難う。きっと和夜になら・・・萱は本心,話すと思うし。」
「どうだかな・・・それほど自信ないからな・・・?」
本当の友だと、相手が認めている限り己の本心を話す。
それが真の友であり親しい友・・親友というものだと夏希は分かり切ったように語る。
萱にとって、和夜は・・かけがえの無い親友だと思っているはずだと言った。
素っ気無い言い方だが、おそらくこれは夏希なりの“自分に自信を持て”という言葉なのだろう。
勝手に解釈した和夜は、そんな夏希を置いて階段を駆け下りて行った・・・。





夏希の話が終わってから教室に戻ってきた和夜。
まだ萱が居るようであれば、話を聞こう・・。
そう思った和夜の前には丁度良い具合に萱が居た。
自分の席に座って、帰る支度をしている最中のようだ。
「萱!もう帰るんだろ?一緒に帰らないか?」
「・・え?和夜・・?もう帰ってたんじゃないの・・・・?」
萱以外は誰も居ない教室。さっきまで静かだった所為か、急に話しかけられたことに驚いている萱。
「部活。終わったんだろ?じゃぁ帰ろうぜ?」
驚いた表情から、パァっと表情が明るくなっていった。
やはり一人で帰るというのは寂しいものがあったのか、とても嬉しそうな顔をしていた。
その帰り道に話を聞くことにしようと決意した和夜は、萱と共に 寒い廊下を抜けて昇降口を出た。
「・・・なぁ?萱。ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・良いか?」
「?何??」
「お前さ・・・神野・・嫌いなのか?」
「・・・え・・?」
神野という名前を聞いた瞬間、歩いていた足は速度を落とし、萱の表情は暗くなり、曇っていった。
あまりの変わり様に違和感を感じた和夜は、ゆっくりと話を進めた。
「確か、篠宮とも話さなかったよな・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
口はピクリとも動かず無言。そして沈黙の間。
やはり話すはず無いか・・と思ったとき、萱の口が僅かに動いた。
「・・・・・・和夜は、怖くないの・・?」
「・・・?怖い・・?それは、何に対して怖いんだ?」
グッと言葉が詰まり、表情も歪む。
萱の目からは涙さえ見える。
「・・・プラモが・・僕の作った機械兵が・・・僕や和夜を襲って殺そうとしたんだよ・・?怖くないの・・?殺されそうになったんだよ・・?」
今まで溜めてきた恐怖感、本当は泣くほど怖い・・怖くて怖くて・・・。
でも、人前で泣くことなんて出来ない・・。
その恐怖感の訴えが、一気に和夜へ向けられる。
本当に怖かったんだな・・と初めて理解する和夜は、萱に向かってゆっくり話す。
「確かに、機械兵は殺そうとしてきた。その時は、もう死ぬんじゃないかとも思った。」
「・・じゃぁなんで・・・・なんであんなにも夏希や奈帆と話せるの・・・?アンドロイド・・・いつ殺してくるか分からないんだよ・・・?」
「篠宮や神野は、あの機械兵とは全く違う。」
何が違うのッ・・・!そう、道端で大声を出して訴える萱は、泣いていることなんて気にもしていないようだった。
「たとえ、神野と篠宮がアンドロイドでも、あの機械兵のように感情が無いんじゃない・・。あの2人には、感情があるんだ。」
そう断言し、萱はそう思わないのか?と問いかける。
萱の表情は、さっきまで恐怖感に満ち満ちていたが、
今は驚愕と迷いのある複雑な顔をしていた。
涙は頬を伝って零れ落ちる。それに気付かない萱は、
その場に立ち止まって、目を見開いて和夜をジッと見ていた。
自信に満ちている和夜の表情からは、安心と優しさが感じられた。
「・・なんで、そんなにも・・・・信じられるんだろう・・・。」
和夜は前からそうだよね・・?
と呟く萱の言葉を、一つ一つ聞き逃さないように聞いていた。
出会ってから数週間という日しか経っていない。
そんな浅い友情を認めることが出来る和夜が羨ましいと萱が言う。
今までの恐怖感が嘘のように消えていく。
それは、表情を見れば一目瞭然だった。
「和夜みたいに、最初から信じられなかったけど・・・今からでも・・遅くないよね・・・?」
「あぁ。明日から、普通に話し合えれば上出来じゃないか?」
初めて萱を見下すように話せた気がするなと思った和夜は、少し誇らしく思えた。
だが、そんなことには全く気付いていない萱を見ると・・・
いつも和夜を見下しているように話しているのは、自然にしていることなのかと初めて分かった。
「・・・まぁとにかく、アンドロイドには感情があって、俺らと殆ど変わらないってことだ。」
「・・・和夜が言うと、全部本当のことに聞こえるな〜・・。」
実際にこれは間違っていないということを語る和夜は、萱から見て,とても大きな存在に見えた。
人を信じられる和夜は・・やはり羨ましいなと思う萱は、和夜と共に通学路を通って真っ直ぐ家に帰っていった。
・・・・そんな萱と和夜の後方を歩いていた人物が2人。
その人物には全く気付かずに話し合っていた萱と和夜。
その人物2人は顔を見合わせ、その場に立ち止まってしまった。
だんだんと遠くなっていく萱と和夜を見ながら、その場を動く事が出来なかった。

そう。この2人は、聞いてはならない事実を聞いてしまったのだった・・・・。





話し合った翌日。まるで一週間前のことが無かったかのような気さえする。
萱は、前のテンションに戻り、夏希・奈帆とも普通に話し合っている。
むしろ、前よりも親しくなったようにも見える。
萱の表情は楽しさに満ち溢れていた。
夏希は、話し合いが上手くいったことをすぐに理解し、萱と仲良く話していた。
和夜・奈帆・静香・萱・夏希・・・。前と同じように、仲良く5人揃った。
また前と同じように、楽しく学校生活を送れるというわけだ。
これ以上の幸福は今までにないというほど、楽しくて・・・とても幸せだ。
だが、このような幸せは・・・一生続くことはなかった・・・・・・・・。
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